生徒に向き合い「研究と実践の溝」を埋める:第二言語習得(SLA)の社会的視点

2021年10月31日日曜日

Teaching Tips キーワード解説

この記事では、社会的視点からの第二言語習得(SLA)研究についての概要と、実践における具体的な提案について説明しています。

その他のキーワード:Social Turn、社会的要因

SLA=認知科学的?

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Second Language Acquisitionと聞いて、どのようなイメージを思い浮かべますか。

「科学的、客観的、実験、データ(量的)」

私は教員研修を通してSLA(もっと言えばInstructed SLA)について触れましたが、以上のようなイメージを持っていました。

実際に私が悉皆教員研修などで学んだのは、インプット、気づき、インテイク、アウトプット、宣言的知識、手続き的知識... などで、それらの理論を応用したメソッドについての研修がメインだったように思います。(例:音読、シャドーイング、リード・アンド・ルックアップ、サイトトランスレーション、ディクテーション、ディクトグロス、リテリング、サマリー、インフォメーションギャップなど、主に脳内の言語処理、認知プロセスにフォーカスした指導)

しかしながら、SLAという領域は、以上のような認知的側面にフォーカスしたもの、そして、これから触れる社会的側面にフォーカスしたものがあり、前者は主流、メインストリーム、後者は後進のチャレンジャーという区分けがなされています(Larsen-Freeman, 2007)。

英語圏では、今や社会的側面から捉えたSLAも十分メインストリームと言っていいくらい研究が進んでいますが、日本でSLAと聞くと、認知的側面にフォーカスしたもの、例えば、「ディクトグロスと明示的知識の強化」「シャドーイングとスピーキングの流暢さの関係」「多読が語彙学習に与える影響」「スペリング能力と発音能力の相関」などといった研究が多いのではないでしょうか。英語学習本や英会話の広告などで謳われるSLAは認知的なもの(中には擬似SLA的なものも?)で、「科学的で効果的」というイメージを売りにしていることがほとんどです。

しかし、英語学習・言語習得を考える上では、脳内の言語処理といった認知的な視点だけではなく、その他の視点も大事であることは、以下の例から考えれば教師も生徒も納得するのではないでしょうか。

  • クラス内の雰囲気が良く、間違いを咎めたり、恥ずかしがったりする節がないので、気楽に英語を話せる。
  • クラス内で特定のグループとの交友関係があまり良くなく、ペア・グループワークがうまくいかない
  • 高校へ入学したら周りの生徒が海外経験のある生徒や英会話が得意な生徒ばかりで、言語活動の時間がつらい。
  • 親や教師から「女子は英語学習に向いている」「男子は数学や物理」などと言われた。
  • 留学先で、バスケットボールのクラブ活動・サークル活動を通して付き合う友人が増え、英語が上達した。
  • 留学先で見た目や発話のアクセントで人種差別的な言動に合い、コミュニケーションに臆するようになった。

これらは英語学習の社会的な視点を反映した例となります。もう少し詳しく見ていきましょう。

SLAの社会的視点:Social Turn in SLA

第二言語を学ぶということは、けっして一人で完結するものではなく、社会との関わりの中で促進、ときに阻害されていきます。ここでいう社会とは、広い視点なら国や地域、そこにおける政治、経済、文化だったり、狭い視点なら教室内や特定のグループ内のことです。

つまり、英語学習が外部要因、社会との関わりによって影響を受けるということですが、以下のような例をあげれば分かりやすいかもしれません。

  • 生まれ育った環境(都市、田舎など)
  • 家庭環境(経済的・信条的など)
  • 社会的階層(上流・中流階級など)
  • 交友関係(クラス内・クラブ活動など)
  • 趣味・興味(好きな音楽、ゲームなど)
  • 人種(人種的背景)
  • 性差(社会的・文化的性)
もっといえば、(特定の)社会に浸透している言説、例えば、「英語ができると出世につながる」「英語学習はなるべく早く始めるべき」「英語はネイティブから学ぶべき」なども、個人の英語学習のプロセスに関与し、影響を及ぼしていると言えます。(これらの言説については、『英語教育幻想』(久保田, 2018)が詳しく論じています。)

以上にあげた社会的な要素・カテゴリーですが、まさにすべてが一人の人間のアイデンティティーに深く関わっています。Norton(2000)は、SLAの理論は、アイデンティティの概念に注意を向けるべきとし、学習者のアイデンティティは、(以上の項目ような)社会的な観点から複眼的に理解されなければいけないと言っています。


このように、学習者を取り巻く社会やアイデンティティに注意をはらい、英語学習者の「英語学習(認知)」でなく、英語学習「者」にフォーカスして向き合おう、しっかりと理解をしよう。さもなければ言語習得の理論は表層的なものになってしまう、という動きがSLAにでてきました。先駆けとなったのは、Block (2003) や Firth and Wagner (1997) で、この流れはSocial Turnと呼ばれています。

日本におけるSocial Turnは?

Social Turn後のSLAですが、日本の英語教育界の状況はどうでしょうか。先程述べた通り、今でも認知的アプローチのSLAが主流なのではないでしょうか。

以下の文章は、2009年に改訂された『英語教育用語辞典』から、「社会的要因 (social factors)」の項の一部抜粋です。社会的要因を「学習者の学習環境、社会階級、文化的背景、そして目標言語の社会的位置付け」(白畑ほか, 2009, p. 282)と説明したうえで、このように述べています。

学習者の持つ社会的要因と外国語学習について、さまざまな研究が行われてきた。社会的要因は、間接的には外国語学習に影響を及ぼすと考えられる。しかし、それによって言語習得そのものに直接的で決定的な影響が及ぶことはないというのが現在の一般的な考えである。その証拠として例えば、発達順序(developmental order)が変わることはなさそうである。そして社会的要因を学習者に満足のいくものに変えなければ、外国語習得がうまくいなかくなるわけではない。(白畑ほか, 2009, p. 282)

「間接的」「直接的」という文言、さらに根拠として発達順序(言語項目が習得される順番)を引くところにSLAの認知的側面の強調、傾倒を見ることができます。

社会的要因を学習者に満足のいくものに変えなければ、外国語習得がうまくいなかくなるわけではない。

とありますが、学習者をとりまく社会的要因は当事者にとって不正義・不公平・抑圧的であることが多く(Norton, 2000)、それに対処することはSLAにとって喫緊の課題です。


学習者(当事者)をとりまく複雑な環境やアイデンティティを考慮しないことが、研究と実践の乖離を促進しているのではといえるのではないでしょうか。

Norton (2000)は、多くの応用言語学者は、「話す人は聞く人を聞くに値する人だと思っており、聞く人は話す人を話すに値すると思っている」という前提条件でコミュニケーションを扱っている(実際はそんなに単純ではない)と指摘しています。

教室内のコミュニケーションが行われる場を「当事者の現実を反映していない人工空間」(柳瀬, 2020, p. 28)として扱う研究手法・理論的枠組みを使って行われた認知的アプローチのSLA研究が、現実を生きる教師や生徒にどのように役に立つのか、応用するためには実践者は何に気を配るべきかを考える必要があります。

その際、私は社会的視点が生きてくると考えます。そして、その社会的視点というのは、教科教育・英語教育の枠組みではあまり語られてこなかったこと、むしろ「教師力」や「人間力」というふわっとした概念でしか説明されてこなかったことなのではないかと考えます。

教室内での社会的視点: どのように生徒に向き合うか

さて、英語教師は生徒の英語学習における社会的要因にどのように対処することができるのでしょう。

もちろん、生徒の家庭環境・経済状況といったミクロ環境、社会構造・入試システムというマクロ環境などには関与することはむずかしいですが、教室という社会環境の要因には積極的に関わり、学習者に言語習得を促進しやすい環境を整えることができます。

以下は、Duff (2017, p. 391) による社会的視点からのSLAに基づく12のTeaching Tipsです。

  1. Get to know your students, their backgrounds, goals, communities, and social networks. 
  2. Don’t make assumptions about students based on perceived social categories or appearances.
  3. Become aware of your own (mis)conceptions about issues of race, class, gender, and other social variables or areas of difference.
  4. Find ways of drawing upon students’ backgrounds, interests, and expertise without positioning them as cultural showpieces or authorities in ways they might not appreciate (particularly as minority group members).
  5. Give students some degree of choice over content and in-class groupings. 
  6. Be principled in your use of grouping strategies and closely monitor the interpersonal/social dynamics at play (inside and outside class); for example, if some students tend to monopolize discussion while others are silent, devise distinct roles for students to play that will give each a unique contribution to make.
  7. Give students opportunities to express but also play with “voice” and “identities”—to explore other positionalities and perspectives. This can be achieved by allowing them to take on different persona in oral and written activities and find suitable linguistic means to express perspectives from their own and others’ standpoints. Such activities also expand their sociolinguistic repertoires.
  8. Examine stereotypical portrayals of language, identity, and social roles in media and textbook materials used in courses. Pay attention to the kinds of people (or categories, classes, experiences) that are both included in and left out of in such materials.
  9.  Understand that phonological “accent” may index aspects of students’ histories that they are proud of and that, if easily comprehended, need not be problematized.
  10.  Confront occurrences of social exclusion, hostility, or indifference toward others both during in-class and out-of-class interactions.
  11.  Understand and try to optimize students’ social networks and opportunities to engage in language activities both inside and outside class. Consider alternative ways in which students can participate meaningfully; for example, by posting comments online allowing students time to compose contributions and not only through spontaneous speech; or through the use of i-clickers (interactive response systems/tools) during large-class discussions or lectures.
  12. Vary participation formats, by using pair and small-group work (and different combinations of students) and not just large-class formats. (Duff, 2017, p. 391)

生徒理解(1)、ステレオタイプ・態度(2・3・8)、生徒参加の方法(5・11・12)、教室内グループダイナミクス・人間関係(6・10)、自己表現(4・7)、発音・アクセント(9)など、どれもが教室内で気を配らなければいけない要素です。

繰り返しになりますが、これらはあまりSLAの文脈ではフォーカスがあてられてこなかったことで、教師力・人間力という言葉で片付けられてきたことなのかもしれません。しかし、これらの社会的アプローチのSLAによる提言は、「うちの学校・生徒にはあまり関係がない」などとは決して言えない、すべての現場で気を配らなければいけないことではないでしょうか。

ここに、(認知的アプローチの)SLA研究と実践のギャップを埋める鍵があるように思えます。


<参考文献>

久保田竜子 (2018). 『英語教育幻想』ちくま新書


白畑知彦・冨田祐一・村野井仁・若林茂則 (2009). 『改訂版英語教育用語辞典』大修館書店


柳瀬陽介 (2020). 「当事者の現実を反映する研究のために複合性・複数性・意味・権力拡充」淺井和也,・田地野彰・小田眞幸 ()『英語授業学の最前線』(pp.25-48.) ひつじ書房


Duff, P. (2017). Social dimensions and differences in instructed SLA. In S. Loewen & M. Sato (Eds.). The Routledge handbook of instructed second language acquisition (pp. 379-395). New York: Routledge.


Larsen-Freeman, D. (2007). Reflecting on the cognitive-social debate in second language acquisition. Modern Language Journal, 91, 773-787.


Norton, B. (2000). Identity and language learning: Gender, ethnicity and educational change. Pearson.

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Ryosuke Aoyama

2007-2021年まで公立高校英語教員。現在はブリティッシュコロンビア大学のTESL博士課程に在籍しています。


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